
治ると思えば病気も治る。
出来ると思えばたいていの事は出来る。
弱い心が自分を弱くする。
学生の頃、体育教師に言われた。
運動が苦手な私の精神を鍛えるためだろうか。
私は自分が不器用だと早くからわかっていたので
皆が出来そうなことでも、たいていのことは出来ないと知っていた。
誰かの言う、その、出来るという合格ラインが
私の決める合格ラインとは違っていたので
どう頑張っても、あのラインには到達できない
ということを知っていた。
だから私は私だけのラインを設定して、生きてきた。
悲しいときは悲しめばいい。
つらいときは落ち込めばいい。
弱い自分で居たいときは、弱さにくるまって横になればいい。
出来ないことがあっても、自分を卑下することはない。
苦しい時は苦しいと叫べばいい。
それが一番、ありのまま、だと思う。
けれど、何もしないで言う悲しさと
何かをして体から飛び出す悲しいの言葉は違う。
何もしないで言うつらさと
何かをしようとして結局出来なかったつらさは違う。
体験し、ぶつかって、心の底にたまった言葉と
ため息とともに簡単に出てくる言葉とは違うような気がする。
どんな道でも、どんなことでも
自分が動く事から始まっていく。
その結果はまたいつか考えればいい。
とにかく動き出さなくては、何も始まらない。
何も出来なくてもいい。
いい結果が出なくてもいい。
けれど、何かに向かって挑戦していきたい。
一歩一歩、ほんの一歩でも進んでいきたい。
動くことで、進むことで、
自分のラインを自分自身が決めるのだと思う。
私は神様ではないから、
出来る事に限りがあり、命にも限りがある。
体力にも限りがあり、気持ちにも限りがある。
何も出来ない自分がいても、私は私の道を歩いていれば
その中から幸せを見つけ出すことができる。
その幸せを集めることが出来る。
楽しいと心から笑うことも、
何かに向かって進むことも、
悲しいと誰かに言うことも、
寂しいと自分に言うことも。
限りのある命だからこそ、毎日を大切に過ごしたい。
弱い自分も、何もできない自分も
足の遅い自分も、それでいい。
ゆっくり自分の道を行く。